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【WS課題】私が考えた最強のかわいいカッパマンガ『邂逅』


古西さんの『邂逅』について紹介したい。この作品を一言で紹介すると「カッパかわいいマンガ」である。もっと言えば、「私(=作者)が考えた最強のかわいいカッパマンガ」である。こう紹介してしまうと、すでに作品を読んだ人は、あまりにカッパを強調しすぎた要約に聞こえるかもしれない。だが、そのように聞こえてしまうところに作者の狙いが潜んでいる。

  

とにかくかわいいカッパ

まずは、この作品に出てくるカッパを紹介しておこう。図1をみてほしい。

図1

かわいい。

これは、カッパがお店に入ってうどんらしきものを食べているコマだが、この一枚で十分かわいさが伝わるはずだ。コロコロとした小動物を思わせるフォルム、触り心地の良さそうな毛並み、不器用そうな小さな手、食べ物の熱さをこらえるためにつぶった片目、ちろりと出した舌…

しかし作者はこれだけでは飽きたらず、カッパのかわいさをこのコマの前後でも存分に描くのである。

椅子の上にちょこんと座り、割り箸を割るのに失敗し、ハフハフといいながら食べ物をほおばり、汁まで飲みきってゲプっと一息、あきらかに高いカウンターに対して小さな身体を伸ばして代金を支払って帰る…その全てがかわいい。

  

…と、ここまでカッパのかわいさを列挙してきたわけだが、カッパの説明であることを一度忘れて、改めてここまでの描写を見返してみてほしい。取り上げた描写のほとんどは、私たちが普段カッパを想像するときには出てこないものではないだろうか。

私たちが一般的に想像するカッパといえば、全身緑色の痩せぎすで、頭の上に皿を持ち、カメのような甲羅を背負って川の中から現れ、大きく平たい嘴のような口を開けてきゅうりをほおばる…人によって多少の差はあれど、どちらかといえばかわいくない妖怪を想像するだろう。もちろん作者もそんなことは十分承知していて、頭の皿もしっかり描いているし、体毛に関しては「※諸説あり」とコマの外に記載している。いや、むしろ、諸説の中からカワウソのような体毛があるという説を採用しているということは、作者は確信犯的に、作者自身のかわいいと思うカッパ像に改変して描いているのだ。1つまり、冒頭に述べた通り「私が考えた最強のかわいいカッパ」なのである。

そして重要なのは、この「私が考えた最強のかわいいカッパ」を、さも「作者独自の改変ではなく、カッパとはこういうものだ」と作者は描いており、しかも、読者は気づかぬ間にそう思わされているということだ。今、気づかぬ間に、と書いたが、作者は気づかせないことを狙って、マンガ的に「私が考えた最強のかわいいカッパ」を描いているのである。このマンガ的というのを、作品内、作品外、そして内外を隔てる平面の3つのレベルに注目して見ていこう。  

  

作中世界の常識改変

1つ目は作品内のレベル、すなわち作中の世界観の構築である。マンガ作品において、作中世界での常識は主にキャラクターのリアクションによって示される。たとえば『ONE PIECE』では、主人公ルフィの腕が伸びることについては驚かれるが、海賊であることはさして驚かれない。これらのリアクションを通じて、海賊が常識的に存在する一方、腕が伸びるのは「悪魔の実」による特殊な事象である世界なのだ、と読者は理解することになる。
これをふまえて本作『邂逅』を見てみよう。妖怪に詳しいとされる主人公がカッパの特徴を1つずつ挙げ(5ページ、図2)、カッパがフードをとって頭の皿をあらわにしたところで「カッパだ!!!!!」とリアクションしている(6ページ、図3)。ここでは、「新種のカッパだ」とか「本当はカッパってこんな見た目なのか」といったリアクションではなく、「長年探し求めていた”あの”カッパを見つけた」という様子が描かれている。このようにして、私たちの想像とは異なる「私が考えた最強のかわいいカッパ」を、さも常識かのように、しかも読者が主人公のリアクションを楽しんでいる間に、読者の脳内に滑り込ませる。

図2

   

   

図3

 

作品外の<カッパ>というキャラ

2つ目は作品外のレベルである。カッパはそもそもこの作品に固有のものではなく、日本では古来から知られる妖怪である。だから、先ほども述べたような「私たちが一般的に想像するカッパ」というものが存在しえる。もちろん、細かい部分では人によって異なるイメージを抱いているだろう。しかし、多少の差こそあれ、頭に皿を備えている、とか、水棲生物の特徴を持っている、といった点で同一性がある。この同一性を持った存在であることをマンガの文脈で言えば、つまり、カッパとはキャラなのである。

ひらめき☆マンガ教室の「ひらめき②」の講義では、キャラは次のように説明されていた。

  

キャラとは:ざっくり言うと、「コマ/ページ/作品をまたいでも維持される強力な同一性を持ちつつ、ストーリーに沿って変化していく存在」

  

本作品においては、5ページ目で「水かき」や「甲羅」といった<カッパ>のキャラの同一性に触れつつ、6ページ目に最も強力な「作品をまたいでも維持される」同一性としての頭の皿を示すことで、本作品のカッパを<カッパ>のキャラをもつキャラクターとして成立させているのだ。

そして作者は同時に、キャラとしての<カッパ>を変化させてもいる。冒頭に挙げたようなかわいさを、5ページ目から同一性とあわせて描くことで、まさに「ストーリーに沿って変化」させて本作品のカッパに魅力を持たせ、読者に読み続けさせたのだ。かくして、作品外の<カッパ>というキャラを備えた「私が考えた最強のかわいいカッパ」というキャラクターが、いつの間にか読者の心の中に生き始めたのである。

  

ここまでの説明でも、作者は、「私が考えた最強のかわいいカッパ」への改変を、いかに読者に気づかれないように、さも当然のものとして描いてきたのか、十分わかってもらえたのではないかと思う。だが、ここまでの説明は、マンガに限らず他のメディアでも言うことができる。他のメディアと異なるという意味で最もマンガ的だと言えるのは、次の3つ目のレベルである。

  

線画で描かれたカッパ

3つ目は、内外を隔てる平面のレベルと書いた。これは、先ほどのキャラの話ともつながるのだが、絵のレベルのことである。マンガの絵は、基本的には線画で描かれる。たとえば伊藤剛氏の『テヅカ・イズ・デッド:ひらかれたマンガ表現へ』でのキャラの定義の前段には「多くの場合、比較的に簡単な線画を基本とした図像で描かれ」2とあり、線画であることはある程度前提として差し支えないだろう。また、なぜ、わざわざキャラの定義から例を引いたのかといえば、マンガのキャラの絵が、色を塗らない線画であることを強調したいからである。

ここで思い出してほしいのは、キャラとしての<カッパ>の持つ強力な同一性には、頭の皿以外にもう1つあるということである。そう、<カッパ>は全身が緑色ということだ。3マンガである本作品の絵は線画で構成されるがゆえに、この緑色という特徴に触れることなく<カッパ>を描いているのだ。これは、「私が考えた最強のかわいいカッパ」の特徴である「カワウソやニホンザルに近い」体毛を、特に違和感なく提示することに一役買っている。「カワウソやニホンザルに近い」体毛というと茶色をイメージする。他方、<カッパ>は緑色である。どちらの色を選択するのかは、カラーイラストであれば悩ましい問題だ。だが、線画であるマンガでは、そんなことを気にする必要がない。実際、作者は体毛のみを描き込みで表現している(図1、2参照)4。読者もまた、何色か悩むことなく、作者の作為にも気づかずに、「私が考えた最強のかわいいカッパ」を受け入れることが可能なのである。

以上の3つのレベルのマンガ的手法で、作者の狙い通り、読者は「私が考えた最強のかわいいカッパ」というキャラクターを、さも当然のものかのように、また気づかぬうちに信じこんでしまったのである。「私が考えた最強のかわいいカッパマンガ」という紹介こそが、この作品の狙いを的確に説明しているのだ。

  

最後に

さて、ここで本作品の紹介を終えたいが、最後に、この作品にはもうひとつ興味深い点があることを指摘しておきたい。それは、主人公カネヒラの職業である「妖怪ハンター」である。カネヒラは妖怪ハンターだが、実際は妖怪に会ったことすらなく、妖怪好きが高じて「色んな所で妖怪の話をしていた」だけで、妖怪ハンターと誤解された男である。とすると、妖怪たちはカネヒラを恐れる必要はないはずだが、作中では妖怪たちがカネヒラを恐れている描写がある(2ページ目、8ページ目)。もちろん、妖怪たちもカネヒラを誤解しているからというのが最も自然な理解だろう。だが、ここで「カネヒラのことを誤解しておらず、その上で恐れている」と理解をすることも可能ではないか。

そのために注目すべきは「ハンター」である。ハンターとは一般的な理解でいえば、捕まえることを生業にしているということだろう。だが、彼は1〜2ページ目でカネヒラがハンターとして行っているのは妖怪を捕まえることではなく、「これは妖怪の仕業に違いない!」と「妖怪の正体」を明らかにすることである。どうも、この世界ではそれが妖怪ハンター業のようだ。ここであえて深読みをすれば、この妖怪の正体を明らかにするというハンター業こそが、妖怪たちがカネヒラを恐れる理由になっているのではないか。

差し当たりwikipediaで妖怪を調べると「日本で伝承される民間信仰において、人間の理解を超える奇怪で異常な現象、あるいは、それらの現象を起こす不可思議な力を持ち科学で説明できない存在」と解説されている。この解説から、人間の理解を超える現象であることが妖怪としてのアイデンティティーであり、カネヒラはそれを暴く存在として妖怪から恐れられている、と読み解く可能性が見えてくる。

そして、そのように理解すると、妖怪とカネヒラの関係は、まるで本作品と本稿の関係と同じようにも見えてくる。本作品では、作者は読者に気づかせることなく、いわば読者の「理解を超え」て、「私が考えた最強のかわいいカッパ」を当たり前のものにしようとしていた。まさに妖怪的手腕だ。それに対して、本稿はその作者の「不可思議な力」を、妖怪ハンターカネヒラのように暴いたのである。

とするならば、本稿もまた、カッパを追いかけて店を出たカネヒラと同様に、これ以上ぐだぐたと続けるのでなく「私が考えた最強のかわいいカッパ」に出会いに、もう一度『邂逅』を読みにいこう。

  

図4

   

  1. 4ページ目1コマ目のカッパと思しきぬいぐるみや、ネームの1ページ目2コマ目の石像を見る限り、作者は一般的に想像されるカッパを知っているし、それを描いてもいる。ここからも、カッパの改変は作者が確信犯的に行っていることがわかる。 ↩︎
  2. kindle版で参照したため、該当箇所のみ記しておく。[第三章「キャラクター」とは何か 三-一 「キャラ」とリアリティ] より引用。 ↩︎
  3. 実は調べてみると緑でないカッパも存在しているらしいが、ここではキャラとしての<カッパ>に注目しており、その意味で緑色の特徴を挙げても問題ないだろう。 ↩︎
  4. 注1でも触れた4ページ目1コマ目のカッパと思しきぬいぐるみは、トーンで処理され、緑色であることが意識されているように見える。だが、カッパを描く際にはトーンを使用していないことから、作者は線画であることを意図的に利用していることがうかがえる。 ↩︎
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