浅野先生のインタビューに同席して考えたこと:飽き、職業像、演技
はじめまして、ずんだもちと申します。
私は大学院の博士課程に在籍しながら大学教員としても働いています。いわゆる、駆け出しの研究者です。専攻する分野は心理学・教育学で、主に授業中の学生同士の「雑談」に関する研究をしています。趣味は映画館に行くことです。
上記のとおり、私は職業や趣味として漫画を描いているわけでも、めちゃくちゃ漫画読みというわけでもありません。研究で漫画を扱っているわけでもありません。
ひら☆マンの聴講生になったのは、よく試聴していた講師のさやわかさんのシラス番組「さやわかのカルチャーお白洲」で紹介されるひらめき☆メソッドが、研究活動や研究者としてサバイブする上でが役に立つのでは!?という思いによるものでした。
ただ、漫画をたくさん読んでいるわけでもない私でも、浅野いにお先生の漫画は全作読んでいました。そのため、ゲンロンから、浅野さんのインタビューに同席する機会を得るメールが届いた時は感無量でした。漫画に関わる仕事をしていない者としては、勝手ながら研究者と漫画家の共通点と違いについてを考える機会にしたいと思い、応募しました。
インタビュー当日、聴講生のオカピさん、スズキハルカさん、ゲンロンスタッフのとらじろうさん、住本さんと合流して、インタビュー会場の小学館本社に入ります。ほどなく、浅野先生と編集者さんがお越しになってインタビューが開始。とらじろうさんが聞き手として、テンポよくインタビューが進んでいきました。
今回、インタビューに同席した聴講生にも浅野先生に1問、質問する機会が与えられていました。私がした質問は「漫画家を続ける上で、飽きないようにしていることは?」でした。
この質問をした理由は、浅野先生はこんなに長く漫画化を続けていて、かつヒットも飛ばしまくっていて、その職業生活に飽きることはないのか?と疑問に思ったためです。また、飽きないとすれば、どんな考え方をしたり工夫をしたりしているのか?も聞いてみたいと思いました。
漫画家と同じく、研究者も何かしらテーマを決めて書き続けるという点は共通しています。駆け出し研究者の私でも、数年取り組み続けた同じテーマで高いモチベーションを維持することの難しさを感じています。長く漫画家として活動し続ける浅野先生のモチベーションマネジメントについて知りたいと思いました。
浅野先生の回答は以下のようなものでした。
「自分は元々飽きっぽい。同じことを書くと飽きるので、新連載ごとにコンセプトを変えている」
「自分が漫画家になったのは「漫画家」という存在自体に憧れていたから。“漫画家生活”というものを羨ましいと感じていた」
「いろんな表現の方法はあるが、漫画家が一番誰にも邪魔されず、自分がいいなと思うものを作ることができる。だから今も漫画家としての位置にいる」
そして、
「今は思っていた通りの漫画家になれている」と。
この回答を聞いて、浅野先生の凄みを感じました。というのも、自己理解やキャリア教育の領域では、職業に対する憧れよりも具体的なやりたいことで意思決定することが重要であるという考え方があります。職業それ自体に憧れて仕事に就いても、実際に仕事を始めるとギャップが生まれやすいとされているためです。
しかし、浅野先生は自分が憧れを持っていた通りの漫画家になれているとおっしゃっています。理想通りの職業につける人、そしてその職業に対してギャップがない人がどれだけいるでしょうか。理想と現実のギャップがないのは、浅野先生が漫画家としての実力を持っているのはもちろんですが、漫画家を「誰にも邪魔されず、自分がいいなと思うものを作ることができるポジション」という具体的な漫画家のイメージを持っていることがとても重要だと感じます。
また浅野先生はこのようにもおっしゃっていました。
「漫画家としての孤独も客観視している。作家の苦悩する様(さま)が好き、そういう面をロールする(演じている)自分もいると思う」
理想通りの漫画家生活を送っているとはいえ、楽しいことばかりではないことは想像に難くありません。しかし浅野先生は、漫画家として生きる上で感じる苦悩すら客観的に見つめて演じているといいます。漫画を描く者としての苦しみすら、楽しんでいるという点に驚かされます。
ひるがえって、自分は研究者として生きていくということの解像度を浅野先生ほど高く持っているだろうかと考えさせられました。私は研究者という職業を「好きな本を堂々と読み、日々仲間と議論をして、やり方次第で実社会の問題解決にも貢献できる職業」とイメージして目指していました。しかし、いざ駆け出しの研究者になってみるとやはりギャップを感じる瞬間も多いです。
どんな職業に就いたとしても、全てが思い通りにいく、イメージ通りにいくということはないと思います。特に特定の職業に憧れて仕事に就いてしまった人特有の悩み。浅野先生のように、漫画を描く中で感じる孤独感は漫画家にしか抱けない苦しみなのだと思います。漫画家になっているからこそ抱くことができる苦しさ。そういった職業特有の苦しさに対する対処法の一つに、苦しみもその職業らしさと考え、むしろ演技することでメタ認知する。このような対処方法があるということが、今回のインタビューの同席させていただいたことで得た、大きな気づきでした。