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一人の建築設計者からみたひらめき☆マンガ教室①


 こんにちは!第7期聴講コースのohashiと申します。普段は建築設計の仕事をしています。授業を受ける中で、建築設計をしながら考えていることと近いな、と感じる部分がありまして、せっかくの機会なので言語化していきたいと思い投稿させて頂きました。聴講コースということもあって若干の引け目もあるのですが…、文章を書くプロの方もいらっしゃる中で恐縮ですが、ご笑覧頂けますと幸いです。(遅筆なこともあってPV数稼ぎみたいなタイミングになってしまってすみません…!)

 

 

一人の建築設計者からみたひらめき☆マンガ教室感想文①
「Less is more」とその先にあるもの 

 

 

 「Less is more」—近代建築の巨匠といわれるミース・ファン・デル・ローエが用いたとされるこの言葉は、彼の死後50年以上が経過した現在においても、なお多くの建築設計者に影響を与え続けている。「より少ないことは、より豊かなことである」—不必要なものを削ぎ落とすことが建築の豊かさを生むとするミースの思想は、20世紀前半のモダニズム建築に始まり、装飾や目に見える線の数を減らすことで抽象性へと向かう現代建築のひとつの方向性の原点にもなっている。

 

 ミースのこの言葉を突き詰めた作品として、石上純也さんが設計した「第12回ヴェネチア建築ビエンナーレ《空気のような建築》」(2010)が思い浮かぶ。この建築は太さ0.9mm(9mmではなく)のカーボンファイバーと0.02mmのワイヤーを構造体として、高さ4m、幅4m、奥行13mの構造体を自立させようとしたもの。展示室内かつ限られた時間という条件付きではあるものの、この信じられないほど繊細な建築は、実現した。

 

「第12回ヴェネチア建築ビエンナーレ《空気のような建築》」(2010)(出典元:『a+u 2023年11月号 特集:石上純也 最初から現在まで』(株式会社エー・アンド・ユー発行,2023))

 

 その存在感からして弱々しく、もろく、儚い。一般的な意味では建築というよりもインスタレーションに近いのかもしれないけれど、極限まで要素を削ぎ落とした建築のありかたとして、ひとつの到達点を示している、と思う。

 

 石上さんは、別の作品では「構造をともなわないものは建築とは呼べないのではないか」と書いている*1。建築が建築であるための条件は様々に考えられるけれど、「Less is more」の先に柱と梁による繊細な構造体だけを残した石上さんの思想は、少なくとも僕にとってはとてもしっくりくるものだった。

 

 一方、同じ石上さんの設計で2022年に竣工した「House & Restaurant」(2022)は、先の「空気のような建築」とは全く異なる様子の建築だ。鍾乳洞のように歪な錐体が垂れ下がることで自立したこの建築は、地面に穴を堀り、コンクリートを流し込み、固まった後に土を掘り起こす、という施工方法からして従来の建築とは異なる手法でつくられている。

 

「House & Restaurant」(2022)(出典元:『a+u 2023年11月号 特集:石上純也 最初から現在まで』(株式会社エー・アンド・ユー発行,2023))

 

 先の弱々しく、儚い「空気のような建築」とは違い、物質としての存在感が強く、重く、荒々しい。一見して線の数が多いこの建築をみたとき、ああ、石上さんは「Less is more」の到達点をみて、別の道に進んだんだな、そう思った。

 

*1:『a+u 2023年11月号 特集:石上純也 最初から現在まで』(株式会社エー・アンド・ユー発行,2023))より。石上さんにとって最初のプロジェクトである「レストランのためのテーブル」(2003)にあてて書いている。

 

2

 

 2024年4月7日に開かれたひらめき☆マンガ教室では、『メタモルフォーゼの縁側』の作者である鶴谷香央理先生と主任講師のさやわか先生のお二人により、対談形式での授業が行われた。鶴谷先生は『メタモルフォーゼの縁側』以降、余計な情報をとにかく削ぎ落とすようになったのだそうだ。そうすることで、BL好きの登場人物を淡々とスケッチするような描き方でも、ダレることなく読み進められる作品になる。

 

 一方、要素を削ぎ落とすことで作品が薄味になりすぎないよう、登場人物の仕草やふるまいを丁寧に描くことで情報量を増やすようにしたのだという。この人物だったらこのようなとき、どのように動き、しゃべるのだろう—ひとの温かみがありながらもからっとした読み味は、このようにして生まれたのだとはっとさせられた。

 

3

 

 授業を受けながら考えていたのは、先に書いた「Less is more」と石上さんの設計した二つの建築のことだった。建築から不必要なものを削ぎ落とした先、そこに残るのが構造だとすれば、それを丁寧に描くとはどういうことなのだろう—。

 

 そう考えたとき、石上さんの二つの建築も実はつながっていたんじゃないか、と気がついた。「House & Restaurant」は、鍾乳洞のような錐体がそのまま柱と屋根になっている。すなわち、これ自体がこの建築の構造であって、他の要素はほぼ何もない。従来とは全く違うからといって別の枠組で捉えるのは、それこそ構造というものを雑に扱っているんじゃないか、この独特な構造体こそが、それが建つ土地を初めとする条件を丁寧に描いた結果なんじゃないか—。

 

 そう考えると、全く別のものだと思っていた「House & Restaurant」は「空気のような建築」の先にある。なんだか腑に落ちたような気がした。

 

4

 

 ところで、「縁側」は建築設計者からみてもとても魅力的な言葉だ。元々は平安時代に庇の下につくられた、明確な機能をもたない余白のような空間が、多くの日本画にも描かれたように様々な活動の場として展開した。

 

 明確に使い方が決められた場所が集まってできた建築は、とても窮屈だ。そうではない、明確な機能をもたない場所—使い方によって様々に変化する—「縁側」はそのような可能性を秘めた空間の比喩として、しばしば用いられる。

 

 『メタモルフォーゼの縁側』を初めて読んだとき、コマの内側に描かれた余白が印象的だった。漫画では描かれなかった物語や、登場人物のこれから—余白はそうした枠外の可能性を描いた「縁側」なのだと思った。

 

 

初投稿ということで不備等ありましたら申し訳ありません。1年間、よろしくお願いいたします!

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