雨の止まない町
『Valheim』で遊んでいる。
週に一回、ゲーム友達数人とDiscordでボイスチャットを繋ぎながらのんびり遊んでいる。
『Valheim』はオープンワールドのサンドボックス型のゲームだ。要は『Minecraft』みたいなゲームである。
戦で命を絶たれた戦士Valkyriesにより、あなたの魂は10個目の北欧の世界「Valheim」へ運ばれた。混沌とした生き物と古代の神々に囲まれたあなたは、オーディンの古代の宿敵を倒し、「Valheim」に秩序をもたらす任務を負う。
というストーリーがあるらしいのだが、そんなことは知らない。
私たちは自由なバイキングだ。ブナを伐採して家を建て、鉱石を掘って鎧を鋳造し、猪を狩ってソーセージを作る。気が向いたら未知のバイオームへ足をのばし、トロルをしばいたり蛭に咬まれたりして悲鳴をあげる。
夜が来たら拠点のベッドで川の字になって眠り、三秒後に朝が来る。「おはよう」と声をかけあい、にんじんスープとソーセージで腹ごしらえをして外に出かける。これの繰り返しである。
〇
『Valheim』では雨が降る。
雨が降っているときに外にいると「濡れ」状態となり、スタミナの回復が遅くなる。スタミナの回復が遅くなると仕事がはかどらない。雨が降っていると憂鬱な気分になる。
その日は雨に降られながら、全員で黒い森の銅鉱石を掘っていた。
日が落ちるまでに銅鉱石の塊を掘り切れるかどうか怪しい。かといって誰一人焦るわけでもなく、カーンカーンと気の抜けたつるはしの音が黒い森に鳴り響いていた。
「花粉が憎い」
「腰痛がつらい」
「マイナンバーカードと電子証明書の有効期限がずれててウザい」
「セブンイレブンの金の最中が本当に美味しい」
北欧神話の世界でありながらも生活感あふれる会話に、雨のSEが混ざりあっていく。
会話に耳を傾けながらも、私はぼんやりと別のことを考えていた。雨の日に時折思い出す、子どもの頃に見た名前の思い出せないアニメについて。
〇
主人公は旅をしている。
旅の途中で雨に降られて街の宿屋に駆け込む。主人公はずぶ濡れだ。
宿屋の女将がタオルを貸してくれる。タオルは小さい。
「こんな小さいタオルじゃ拭ききれない」主人公は小言を言う。
女将の態度は冷めている。
「この町では乾いたタオルは貴重なのよ…」
どうやらこの町ではずっと雨が降っていて、それはこれから先も続くらしい。
町の陰鬱な空気と止まない雨の謎に、主人公は戸惑うのだった…
というワンシーンだけ記憶に残っている。
多分、子どもの頃の私は退屈だったのだろう。やることがなくテレビをつけ、たまたま目に入ったアニメを見た。そこでは雨が降っていた。
「乾いたタオルは貴重」という台詞が何故だか印象に残った。「雨は晴れるべきだ」と思いつつも、「雨の止まない町」というモチーフに退廃的な魅力も感じていた。じっとりとしたもの悲しさと、物語の予感が幼心に響いたのかもしれない。
とかなんとかいいつつも、翌週、私がそのアニメを見ることはなかった。
忘れたのだろうか。何もかも覚えていない。少年の関心は移り気だ。
何もかも覚えていないが、子どもの頃から今に至るまで、雨を見ると時折思い出す。
主人公の戸惑い、女将の諦観、「この町では乾いたタオルは貴重なのよ…」、雨の止まない町…
〇
「あのアニメはなんだったんだろうなあ…って。誰か知ってます?」
私は友達に訊いてみた。ずぶ濡れになりながらつるはしを振っているバイキングたちが口々に答える。
「知らんなあ」
「謎だ」
「思い出せないアニメってあるよね」
「雨はクソ、晴れは最高」
「晴れると花粉が飛んでクソ、雨は最高」
バイキングの会話には秩序がない。そんな中、静かに話を聞いていた一人が口を開いた。
「吉田くん、それってさあ……『RAVE』じゃない?」
〇
『RAVE』。
漫画家、真島ヒロの初連載作品。1999年から2005年にかけて『週刊少年マガジン』にて連載されていた冒険ファンタジー。2001年にアニメ化。
光の聖石レイヴと闇の魔石ダークブリングの戦争により、当時世界の10分の1を破壊したと言われるオーバードライブが起こってから50年後の世界。ガラージュ島に暮らす少年ハル・グローリーは、老人シバと出会う。レイヴの使い手である初代レイヴマスターのシバからレイヴを受け継ぎ、二代目レイヴマスターとなったハルは世界を救う旅に出ることになる。旅の先々での人々との出会い、別れを経て辿り着くのは世界の真実。ハル達の選ぶ答えとは。
(引用:wikipedia)
〇
『RAVE』…。
当時の私はジャンプしか読んでいなかったので印象は薄い。しかし、この関心の薄さがむしろ記憶のあやふや加減と合致する。アニメの放送時期もぴったりだ。
「最初のほうに、悪い奴が映画を撮るために雨を降らせ続けているってエピソードがあるんだよ。俺も記憶が曖昧だけど、吉田くんが言ってたやりとりがあったような…」
『RAVE』かもしれない。
私は鉱石掘りの裏でブラウザを立ち上げ、検索をかける。アニメがU-NEXTで配信されているようだ。作品詳細にエピソードが並んでいる。どす黒い曇り空のサムネイルが目に留まる。
【#10 雷鳴の記憶】
再生する。ご機嫌な道中、雷雨に襲われる主人公ハル一行。町を見つけ宿屋に駆け込む。
「少し休ませてほしいんだ。雨が止むまででいいからさ!」
「雨が止むまで…ね……」
これだ。
あどけないハル。女将の冷めた眼差し。プルーとかいう意味のわからない生き物。
子どもの頃のあやふやな記憶に輪郭が起こされていく。
「これだわ。これですわ。『RAVE』でしたわ」
私は喜びの声を伝える。
「マジか」
「すげえ」
「なっっっつ」
「THE・厨二って感じで好きだったな」
「”テン・コマンドメンツ”とか最高だろ」
バイキングの会話に花が咲きはじめる。
〇
私の曖昧な記憶によって膨らんでいた退廃的なイメージとは違い、『RAVE』の「雨の止まない町」のエピソードは軽やかだった。
主人公たちのキャラクターを活躍させつつ、後々の伏線となるキーワードを差し込んでいくという、少年マンガのバトルものにありがちな連載初期のワンエピソードに過ぎない。雨が止まない理由も実に拍子抜けだった。
しかしというか、それにしても、主人公、ハル・グローリーのキャラクターがなんと真っすぐなことか。町で出会った少年にハルは言う。
「俺がお前に青空を見せてやる!男と男の約束だ!」
まぶしい。まぶしすぎる。この清々しさ、令和にお目にかかるのは中々難しいかもしれない。うらやましさを覚えつつ、“雨の止まない町”に自分ならどんなキャラクターを立たせられるかを考え始めた。
〇
「思ってたのと違いましたわ」
「まあそんなもんだろ」
「でも、“雨の止まない町”ってなんかいいですよね。俺もいつか描こうと思ってるんですよね~」
「描きなよ」
「描け」
「はやく描け」
話がひとしきり盛り上がった頃には、黒い森に晴れ間が差し込んでいた。
「晴れだ」
「晴れは最高」
「なんだかめでたい気分だ」
「なんか満足したし、今日はこの辺にしておきますか」
サーバー主がゲームを落とし、今週の『Valheim』が閉じられる。
『Valheim』では来週も雨が降るだろう。スタミナの回復速度に文句を垂れながら来週の私は何をしているだろうか。
もう曖昧な記憶を辿ることは無い。ぼんやりしていないで自分の作品を描くべきだろう。
2024年も四分の一が過ぎようとしている。もうすぐ春が来る。