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大須賀健さんの『蛍光灯を割れ!』感想


 

蛍光灯を割れ! (genron.co.jp)

 

ぞわぞわする面白さでした。

読み出したら、止まらない。

いうなればページを捲らせる力が半端なかったです。

 

他の方も言われていますが、頭身が変わると一気にホラー味が増しますね。

個人的にはネームのバージョンは不気味さゲージが薄まっている分のどごしが良い印象でした。一方、ぞわぞわする読後感は完成稿の方が強かったです。

リアルよりになったことで、読者とユウくんの距離が近くなったのかもしれません。私にとって、この作品が生んだぞわぞわは、なかなか他では味わえない感覚だったので、その点完成稿の方が好みです。

 

マミちゃんやばいですね…。

桐山さんやあおたかさんもコメントされていたように、降りかかる唾にノーリアクションなのも、きっちり大胆に職場にやってくるのも、ヤバい人加減がヒシヒシと伝わってきました。蛍光灯を割れ!という狂った欲求も、そんなマミちゃんならばもはや自然に感じられます。

 

<そうだよね、蛍光灯と社会をぶっ壊して自分の方だけ向いてもらわないとだめなんだよね>

 

そう納得していました。

 

そんなマミちゃんの毒気にやられ切っているユウくんもたいがいです。

1ページ目ですらりと流されますが、

ステーキと富士山エピソードのエグさは半端なく、

ああ、一見まともそうなユウくんも、きちんと社会からずり落ちていける素地があるんだな…としっかり飲み込めました。

“五百連勤”(毎日ステーキって、まみちゃん…)、“御殿場ルート”(標高差と距離が一番やばい)というパワーワードもいいですね。

 

そんなこんなでスムーズにマミちゃん、ユウくんの紹介が成されましたが、

その上で、職場で蛍光灯を割る!という物語の行く先もバチッと提示されます。

 

そして、シーンはユウくんの夢へと移ります。

 

社会とマミちゃんは両立しない。

夢を通じて、読者はそれを胸に刻み込むことができます。

この場面、モブな皆さんのいかにも夢っぽいぼんやりした言葉が良いですね。

(逆に、この後のリアル場面で、ユウくんがモブからかけられる言葉は、個人的に少々突飛すぎるように感じられました。すでに現実と狂気の境が曖昧になっているということなのかもしれませんが…)

 

そして、いよいよ蛍光灯を割る場面です。

ここでは犬とダンスが最高でした。

 

気が狂った感じを狙う映像作品では、最終盤、謎にド派手な音楽が流れて、踊り狂ったりしませんか?

私はああいうのはあまり好きではありません。

何処か投げやりで、とりあえず無茶苦茶文脈無視したらヤバいでしょ?というニュアンスがプンプン臭ってしまうからです。

 

ですが、この作品のダンスは違います。

きちんと流れを感じられました。

蛍光灯の弾けた光と砕けたガラスがダンスを呼び込む舞台を作るし、

「まぁいっか」というこれまた印象的な言葉が、音楽を流し込んでくるように感じられたのです。

蛍光灯を割って、完全に社会から切断された二人。

彼らはもう社会に気兼ねする必要なんて無いわけで、踊り狂うこともやぶさかではないのでしょう。

最後のポーズもめちゃくちゃいいですね。良い笑顔だし。

 

そして、犬です。

読者にとって最大の謎はこの犬ではないでしょうか??

 

ポンコツな出で立ちのこの犬。

真っ黒な眼は間抜けなようで底が見えないし、

なんかおっさんを連想させる髭みたいなものもある。

社会ではかわいいとされているようだけど、どう見てもかわいくない犬。

 

なんなんだろう…。

 

こんなにも意味が伝わってくる世界で、簡単に理解できないこの犬。

消化できないというのは本当に不気味です。

 

ひとつ間違いないのは、この犬、社会からはかわいいと言われていますが、読者からみると全然かわいくないというすれ違いが起きている点でしょう。

この点から解釈するに、もしかすると、読者もユウくんと一緒に社会からずらされているということなのかもしれません。

そう考えると、ユウくん越しにみていた狂気が我が事になってしまうわけで…改めてぞわぞわしてしまいます。

 

犬のヤバさはこのみてくれだけではありません。

この犬、いきなり喋るのです。

 

「あんたのせいで台無しだよ」

 

蛍光灯を割ったユウくんに投げつけられるその言葉。

真っ黒な背景もあって恐怖と狂気に満ちています。

 

この唐突な犬の声ですが、ユウくんが日常からずり落ちた直後に生まれたものであり、想像をさほど飛躍させることなく、ユウくんの内側からでているのでは?とは思いつきます。

ぐちゃぐちゃに壊れきったユウくんの世界。

そこが現実から乖離していることを証明するように、犬が喋ってしまうのかもしれません。

 

狂気の入り口。そう考えるとやはり恐ろしい場面です。

まぁ、でもいいのでしょう。

ユウくんはその恐ろしさを予想した上で、悩みながらもそれを選んだのですから。

 

ユウくんはこの犬のことばを聞いて、もう引き返せないことを確認させられました。

そして、初めはヤバいと焦るわけですが、反射的な後悔が明けると、「まぁいっか」の境地に至ります。それしかもうユウくんに残された道はなかったのでしょう。読者も納得せざるを得ません。

 

この諦めへの着地ですが、驚いたことに最終的に犬にも伝染します。

 

最終コマ、再び暗転したコマで、犬の口からも「まぁいっか」が出てくるのです。

このコマは本当に切れ味が鋭く、瞬間的に強烈な消化不良が私の中に巻き起こり、ぞわぞわのピークとなりました。

 

真っ黒なコマでポンと置かれる「まぁいっか」。

 

読んでいて自分も暗闇にぽつんと取り残されたような気分になります。

蛍光灯を割ることで生まれた取り返しのつかない亀裂。

その亀裂をはさみ、社会側から冷たくユウくんを見据える犬。

そんな犬までも口にした諦め、受容の言葉。

これは社会もユウくんを諦めたということなのかも知れません。

 

そう考えると、亀裂が完全に社会とユウくんの足場を分かち、ユウくんの足場が崩れ落ちていく光景が思い浮かびました。

あぁ、もうユウくんは完全にマミちゃんのいる真っ暗な奈落へ落ちていくしかない…。本当に怖いですね…。

 

素敵なマンガ、ありがとうございました!

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