
須澤彩夏『除霊師お嬢様 浄怨寺レイカ』 読後感想
小学生の”なりたい職業Top10”に、Youtuberがランクインしたのが2017年、すでに常連入りして久しい。企画・編集・SNS運用・動画制作・ライブ配信など、多岐にわたるスキルを武器に、アテンション上位のYoutuber達の華やかな活動と生活スタイルは、たしかに、貧しくなる一方の我が国において、若者たちが一発逆転の願いを託すことのできる、もはや稀少となってしまった夢の形である。
他方、その陰には、再生数の伸びない弱小配信者が数多存在しており、生活費を賄う事すらできないまま、しかし諦める事もできずに、勝者のスキルを真似てみては、次の配信こそは、と夢を追い続けている。
そう、いつだって現実は厳しく、そして、正解を提示してくれる誰かが居なくなって久しい。勝者と敗者を分かつものが何なのか判然とされないまま、敗者の忸怩たる思いはしばしば、自己否定や成功者への妬みといった形に捻じ曲がって発露してしまう。
作者は、そうした正解のない世界で悩み苦しむ多くの敗者に対し、徹底して、やさしい。

本作は、一見、ド派手なギャグマンガである。
言葉遊びが巧みで、わかりやすい勧善懲悪は痛快だし、主人公のはっきりした表情の変化や擬音により、紙面のこちらにも熱気が伝わってくる。
不勉強な私は、プロの除霊師の何たるかを知らずに作品を読んでいるが、しかし、なるほど、クライアントの症状を癒すには、熱のこもった演出で悪を退治して見せるのも技術のうちなのであろうと、直感的に分からされる。また、後半、不安を見せるクライアントには一転、手を差し伸べ和やかな笑顔を見せる主人公にも、やはりプロの迫真の演技を感じた。このように、除霊がいかなる機序でもたらされるのかというロジックを、絵とセリフとで説得力を以って伝えてくれるので、読者としては余計な事を考える前にただただ笑ってしまった。
ところで、“一見“と書いたからには、別の観点からの読みもある。
6ページ目、クライアントが不安を見せた直後のコマ、主人公は誰に見せる訳でもない真顔になっている。私は、このコマを主人公が、クライアントの狼狽を直視し、自分がそれを癒せねばという責任感を静かにたぎらせている、むしろ初めからその覚悟で現場に来ている、と受け取った。キャラを装いとしてまとわない、主人公の素の姿。物語の基本的な組立て、癒す人と癒される人、退治される人という構造において、もしかしたら無くても成立してしまうかもしれないこのコマにこそ、しかし、私は一番グッと来た。

作者の過去作『すって、はいて』においては、常に遠慮がちであった主人公の少女が、ある人物の苦悩を知ったことを切掛けに、覚悟の決まった表情にスイッチする印象的なシーンがある(P.28)。『高速バスのススメ』においても、漸く心情を吐露し始めた主人公に対し、めくりで先輩が曇りのない笑顔を見せる前に、真顔で思案を巡らせるコマが提示される(P.15)。男性主人公においても、装うキャラやジェンダーロールがしっかり提示された後で、救いの一手を差し伸べるその瞬間だけは、それらを超えた無償のやさしさが提示される(『食パンとスケッチブック』P.14)
除霊師お嬢は常に陽気なキャラを演じ、周りを楽しませてくれる。紙面の9割以上は陽気な世界であり、十分作品として完成している。しかし、その仮面の裏には、世界に対するやさしい、しかし決してひ弱ではない眼差しが、あの少女の頃から変わらぬ芯として提示され続けているように感じる。
華やかさと、やさしさ。笑いと切実さ。作者が作風の幅を広げていく過程で、その奥行きはさらに広がり、一層、須澤ワールドの魅力は増している。勝者と敗者が紙一重に理不尽に隔たる現代において、もはや正解など提示されないのだと、冒頭で述べた。しかし、そんな世界にあって、少なくとも、誠実な態度とはどういう形でありうるか?という問いに一つのヒントを与えてくれている、そんな力強い作品であるように私は感じた。
