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【好きな漫画】二宮ひかる『ハネムーン サラダ』白泉社(ヤングアニマル1999~2002年連載)


 これを書く前にいろいろなことを考えました。

 この機会に今まで文章にしたことのない漫画を真面目に評論してみよう、あるいは、誰でも読めるようにキャッチーな感じで書いてみよう、などと考えばかりが浮かびながら、そのままずるずると締切直前になってしまいました。

 結論としては、かっこつけず、自然体で、ほんとうのことを書くことに決めました。

 この「ほんとうのこと」というのは僕の口癖です。何かあるたびに「ほんとうのことは……」などと口にしてしまいます。大元は二宮ひかるの『ハネムーン サラダ』です。

 『ハネムーン サラダ』は自分の人生において、もっとも支えになった作品といっても過言ではありません。

 会社員の男、夏川実が二人の女性と結婚するまでを描いた作品です。

 一人目は、斉藤遙子。実が中学の頃付き合っていた女性です。彼女に唐突に振られた実は、十数年間もの長い間そのトラウマを引きずり続けています。物語冒頭、実の前に十三年ぶりに姿を現したのでした。実が意図をはかりかねているうちに、家に居着いてしまいます。

 二人目は、斉藤一花。行きずりの女性でした。関係を続けるうちに実に好きになったと打ち明けます。実は袖にしましたが、結局またばったりと再会することになってしまいました。傷だらけの姿で現れた一花はストーカーに暴行されて怪我で仕事ができなくなり、家賃に困っていることを打ち明けます。その場にいた遙子の提案で、三人で住むことになります。そして、実は遙子への自分の欲望から逃避するように、一花とのセックスに没頭するのです。

 『ハネムーン サラダ』でもっとも注目したいのはトラウマの描写でしょう。

 物語序盤は実のトラウマが執拗に描写されます。仕事に向かうとき、家に帰るとき、遙子と接するとき、ふとした瞬間にトラウマが蘇ります。それは遙子のことだけではありません。

 「ふらふらと職を変えるヤツに ロクな者はおらん!」

 その父親から投げかけられた言葉を反芻して、「やっぱりロクな者じゃないんだろうか」と実は自分を省みるのでした。

 トラウマから回復する過程の描き方が本当にすごい。一花の家族の問題に触れたとき、ふっと、「たいしたことじゃなかった…」と思えたと実は言うのです。他者との対話を媒介にトラウマ的記憶への固着がほどけていくさまが見事に描かれています。

 私はフラッシュバックに襲われやすい気質で、日に何度もトラウマ的記憶を目の当たりにします。そのたびにこのシーンを思い返します。すると不思議と楽になるのです。どうしてかはうまく説明できません。そういえば、実自身、どうして楽になったのか、わからない様子で描かれていました。きっとそういうものなのでしょう。作者・二宮ひかるはそのことにしっかりと気づいて並外れた表現力で描いてみせました。そうでなければ読者の私がこんなに楽になることはないでしょう。

 冒頭に引用した「ほんとうのこと」というのは「ほんとうの事を知りたい」という一花のセリフのことでした。これがまたいいシーンなのですが、僕の考えを説明するにはさまざま言葉を尽くさなければならず、書く時間がありません。一花が何を伝えたくてこの言葉を選んだのか、実際に読んで考えてもらえたら幸いです。

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