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【WS】zinbei「元・人間一回目の比較的スムーズな旅」に人生の楽しさを教えられる


 かつて「人間一回目」と周囲に言われていた女性の、京都旅行の数日を描いた物語である。行き当たりばったりなようで入念に仕込んで充実した旅の経験と、それでも想定外の、一回目の経験の物語。

「元・人間一回目の比較的スムーズな旅」というタイトルが付けられた本作は12ページの短編であるが、これは、一人の女性の魅力を伝えるマンガであるとともに、京都のマニアックな旅行ガイドであり、それ以上に上級編の旅行ハウツーものである。

 本作は「自己紹介を物語として描く」というテーマに従って描かれている。だから素直に読むならば、この主人公は作者Zinbeiの自画像なのだろう。だが筆者は、主人公の女性が作者そのものかどうか? というということは考えずに読んだ。フィクションなのだから作者とは切り離して読むべき、というような理屈先行の判断ではない。そのように思考するよりもさきに、「わたし=作者」の物語としてではなく、独立した「キャラクター=主人公」の物語として、十二分に楽しんで読めたからだ。

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 ページを追って読んでいこう。

 京都の観光地を走るタクシーの中で、ドライバーに答えて「ノープラン」と言い切るところから物語ははじまる。ページを捲ると、「人間一回目」と呼ばれた学生時代から、社会人になって成長したらしい姿が回想され、そして徒歩移動の場面に移る。社会人、おそらくは会社員としてしっかり働いているぽい姿とは異なり、ラフな服装で街を歩く彼女はとても自由だ。ゲストハウスがタクシーを止めてもらうランドマーク的な場所からは遠いのか、車が入りづらい場所なのか分からないが、15分かけて歩く間にも、路地の片隅に置かれたさまざまなものを気に留めて楽しむ一コマ一コマに、ガイドブックどおりに見どころ見て終わったりしない旅の楽しみが感じられる。旅人スキルがとても高い。

 次は、一旦チェックインしてからの行動、図書館での旅のプランニングである。旅行の楽しみの半分はプランニングにあると言ってもいい。それならば、全国どこでも売っているガイドブックやWEBの情報に従うよりも、現地で組み立てる方が、よく考えたら素敵に決まっているではないか。これができるのも調べ物の経験値によるのだろうけども、とても旅のスタイルとして刺激的だと思える。さらにゲストハウスにお風呂がないために銭湯に行くことも、彼女は散歩ができて贅沢かもしれないと考えるのだ。この、効率的な観光とは真逆の感性が素敵だ。

 翌日、観光本番の彼女は自らのプランに従って、見どころを堪能し、食事を堪能する。ここは一コマ一コマが旅行ガイドとして要チェックなのだけど、実は、観光だけが旅の目的ではないことが判明する。関西COMITIAへの出店が最後のイベントだったのだ。ここで、マンガの主人公は漫画家である作者Zinbeiに重なる。しかし、キャラが作者本人なのかは今さらどうでもいい。ただ、この旅のベテランで漫画家でもある主人公の考え方と行動が、作者の考える楽しい生き方であるだろうという意味で、自己紹介テーマとして成立していると思う。

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 本人ではなく独立したキャラクターということに筆者がこだわるのは、なんというか、彼女がとても魅力的すぎるのだ。しかし、Zinbeiの描く主人公はとても魅力的ではあるが、それはナルシスティックな自画像を意味しない。客観的に描かれたキャラクターの魅力である。

 魅力を感じる理由のひとつには、表情の多彩さがあると思う。ゆるふわな印象の主人公だけど、一コマ一コマ、さまざまな場面のリアクションで、異なる表情を見せてくれるのだ。たとえばコミティアに出店する8ページ目のシーンを見て欲しい。最初の準備万端でドヤ顔して見せる少しアオリの顔、次のコマの、売り子としてファンから声をかけられた時の創作者としての純粋な喜び、会場の俯瞰を挟んで、買い手として照れながらも好みのエロに忠実な姿、総合的に満足して疲れを見せながらも充実した表情の最後のコマ。テンプレで描かれたキメ顔みたいなものと対極の豊かさを愉しめる。

 さて、マンガは最後のオチとして、銭湯でのお婆さんとのやりとりの場面があるのだが、ここの詳細は、じっさいに読んで楽しんでもらうのがいいだろう。ただ、ここでも主人公彼女はささやかな新たな経験を積んでいく。

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 筆者は冒頭で、このマンガは一人の女性の魅力を伝えるもので、京都の旅行ガイドで、それ以上に上級編の旅行ハウツーものであると書いた。筆者はさらに、大袈裟にいえば、旅行を超えて、人生の楽しさを教えられるマンガであるとすら思った。一人旅も一人ご飯も耐えられないというタイプの読者にとっては主人公は変わった人でしかないかもしれない。けれど、一人の行動を好む人や憧れる人にとっては、人生の達人だ。

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