SF同人誌と表紙の話
Sci-FireというSF小説の同人誌があります。SF創作講座のOBたちで作っているSF短編小説中心の同人誌です。
自分はSF創作一期生で、この同人誌に創刊から立ち会っています。小説を書くのは講座で初めてだったのですが、存外に楽しかったので同人誌にも参加したという流れでした。創刊時の編集長はSF創作講座一期生だった高橋文樹さんで、『Sci-Fire』の名前は同じく一期生だった名倉編さんの命名。
やがて参加者の原稿が集まったものの、その時点でまだは同人誌の表紙をどうするか決まっておらず。自分は多少絵が描けたころもあり、表紙イラスト描きますと手を上げました。今年に至るまでSci-Fireは刊行が続いておりますが、それ以来慣例的に自分が毎号の表紙イラストを担当しています。
ひら☆マンではSF創作合同授業があり、そこで挿絵や表紙の話もありましたので、せっかくだから自分がSF同人誌の表紙を描いてきた経験をここに記録しておこうと思いました。
2017 創刊号
イラストに手を上げたものの、小説を書き終わってからだったので絵にかける時間はそれほどありませんでした。なのでカラーは無理ですと断りを入れたような気がします。編集長の高橋さんから、こんな感じで描いてほしいという参考画像をわたされました。モノクロでコントラストがはっきりした人物のバストアップだったと思います。とりあえず似たような構図で、SFっぽくスチームパンク風で、あとは手癖で描きました。一応スチームパンク系の資料をいろいろ見て描いたような気がします。今思うと大分気楽に描いてましたね。
2018 [特集]ライフハック
創刊号を大森さんに献本したところ「特集テーマがあったほうがいいなじゃないか」とフィードバックがあり、この年からは特集テーマがもうけられるようになりました。テーマは【ライフハック】に決定。たしかこのころは”片付けの魔法”とかのこんまりブームがあって、その影響だった気がします。またゲスト寄稿やインタビュー記事などコンテンツの幅を広げる方針になりました。目玉コンテンツはSF作家、飛浩隆さんのインタビュー記事。
個人的に飛浩隆ファンなので「自分の描いたイラストの上に飛浩隆の名前がのっかるのか~」と思うと気合が入りました。まじめに角に当たっていくつかのことを考えました。
◆同人誌のジャンルを表紙でどう伝えるか=どうすればSFらしさを出せるか
まだまだ生まれたての合同誌ですから、ジャンルがSFであることを表紙で認知してもらうことが重要です。SFレーベルのハードカバーや文庫の表紙イラストを見て傾向を探します。そして思ったのは”ちょっとグロかったりちょっと気持ち悪い方がSFっぽくなるのではないか”ということ。例外も多いですが。ひとまずこの方針で描いてみることに。またSFらしさということで画風は寺田克也を意識しています。
◆ブランドとしての一貫性
ブランドというとおおげさですけど、上と同じでサークルの認知を上げるために表紙イラストにも何かしらの一貫性があったほうがよかろうということです。ということで構図は人物バストアップで創刊号と揃えました。ただし全く同じでもつまらないので今回は正面向き。
◆テーマをどう絵に落としこむか
サークルのテーマ(野生のSF)や同人誌の特集テーマ【ライフハック】がありますが、どちらも抽象的です。どうにも思いつかないので”生体(ライフ)を侵蝕(ハック)している”という頓知みたいな解釈でいくことにしました。
当初は小説と並行してやる予定だったんですが、絵に時間をかけすぎて小説には手がまわりませんでした。色もできれば塗りたかったのですがその時間も足りず。結局モノクロになった表紙イラストですが、装丁デザインにSF講座一期生の太田知也さんが入ったこともあり、デザインの工程でいい感じにお化粧してくれましました。
ちなみにイラスト絵自体はケント紙(漫画原稿用紙)に鉛筆で書いて、スキャンしてフォトショで調整したものになります。
2019 [特集]異国
この年は前号の反省で絵にもっとキャッチーさを出したいと考えてました。SFらしさのためにちょいグロちょいキモを目指したけれど、そもそも名のしれたゲストが寄稿してくれるならSFファンはそれを目当てに手に取るわけですから、表紙はもっとジャンルファンの外側にリーチすることを目指すべきでは? そこで方針を変えて「SFにそんなに興味無いけど文フリに来た若い女性に手に取ってもらう」ことを目標にしました(個人的な超偏見ですけど、当時はジャンルSF好きって年配男性が多そうなイメージだった)表紙に可愛い女の子を描くにしても女性ウケがいいものにしたかったので、ファッションイラスト的なものを志向しました。そこで参考にしたのがかとうれいさんのイラストです。女性受けの良さそうな美少女イラストをよく描かれていたので、髪の描き方など画風を取り込みました。
◆テーマの落とし込み
特集テーマは【異国】。この年は同人メンバーから何人かが世界SF大会に参加したこともあり、大会のルポやそこで知り合った人の小説の翻訳を載せたいということでこのテーマになりました。表紙を描くにあたって【異国】をどう解釈するかはなかなか難しいところです。特定の国、民族を選ぶのなら意図せずともそれが意味を持つことになります。
ここでは井上直久(ジブリ短編『星をかった日』の原作の人です)を参考にしました。彼の描く絵はイバラードという架空のファンタジー都市をモチーフにしています。イバラードとは茨木をエスペラント風にした造語で、宮澤賢治のイーハトーブが岩手のエスペラント化(wikipediaを見たところイーハトーブの由来には異説もあるらしいですが)からのインスパイアだそうです。つまり郷土を無国籍ファンタジー化するイマジネーションと言えるでしょう。これがコンセプト的にちょうどいいなと思いました。SFの表紙としてはル=グウィンの『世界の誕生日』もあるし、こういうのもありなはず。
2020 [特集]新しい世界
この年はコロナ禍の影響を受けて、日常が変わってしまったことをテーマにしようということになりました。ということで特集は【新しい世界】です。抽象的な言葉なので絵にするのに困って、最終的には過去号からの一貫性は部分的に捨てました。新らしい世界ということで蛹からの羽化のイメージにしようというと決めたんですが、”妖精が結球葉菜を破って羽を広げるように……”と考えるとどうしても背中全体が収まるくらいのほうがいいわけです。これってSFっぽいのかな? とも思いましたが、ロバート・シルヴァーバーグの『夜の翼』の表紙がまさに蝶の羽をもつ種族の絵なのでよしとしました。あと虚淵玄シナリオの沙耶の唄にも羽化のシーンがありましたね。沙耶の成分もけっこう入っています。ちなみにこれ描いてた時期は作画資料に白菜買って毎日ミルフィーユ鍋を食べてました。
◆タイムラインを賑わせた性的な表紙問題
表紙に取り掛かる少し前、ツイッターで「ライトノベルの表紙は性的で気持ち悪い」といった趣旨のツイートがバズっていたように思います。自分も前号で美少女イラストを表紙に描いていたわけで、内省させられました。
表紙の責任はコンテンツと読者の出会いの機会を作ることだと思うので、エッチなテイストを入れることで読者にフックするならあまり無碍に否定はしたくないなとは思います(個人的な好みを言えば性的な表紙イラストは自分も苦手ですが)肝心なのは「想定するターゲット層に」「より確実にリーチすること」という点であって、批判を加えるべきは「ターゲット層の設定は適切なのか」「ターゲット層に的確にリーチできているのか」要は作品と読者の出会いの機会損失になっていないか、という観点。もうひとつあるとしたら「作品は良かったのに表紙で台無し」という事態でしょうか。体験をトータルで良いものにするために表紙や挿絵も貢献したいものです、が、まずは手に取ってもらわないとしょうがないのでどちらかというと副次的なものになると思います。一足飛びにゾーニングや法規制の話に行くのは対話の拒絶という感じがしますし、まずはこの水準でよくよく話しあいたいものです。ともかく、表紙が性的なこと自体ではなくて、そのことによる機会損失が問題とひとまずは考えます。
Sci-Fireの表紙に関していえば(勝手に)若い女性をターゲットに考えていたので、そういう人に好まれるエッチさならよいのでは? →中性的なキャラクターで気持ち艶やかな感じにさせました。まあ大して手応えはなかったんですが。エロで釣るなんて自分には力不足だった。
2021 [特集]アルコール
◆カラーはいかが?
大森さんが”表紙はカラーにしないのか”とおっしゃっていたらしく、それがきっかけでこの号からイラストはカラー化しました。
そりゃあカラーの方がいいですよね……。慣例的にモノクロイラストになっていたという面がありますし。とはいえ自分のキャパシティでは小説書いた上でカラーイラストも仕上げるにはなかなかしんどいという面もあります。そもそもカラーイラストは苦手ですし。ただ、この年は小説書くつもりは無かったので、イラスト一本ならなんとかなるかなと思いました。
目下最大の課題はなんといっても色塗り。それなりの品質にするにはどうすればいいか考えた結果、イラストレーターの焦茶さんの作風を参考にすることにしました。線自体は漫画/アニメ的で彩色も領域をフラットに塗り分けていくスタイル、それでいて画面は抜群にかっこいい。そこまで真似はできないにしても、バキッとした線画で領域塗り分ける描き方なら大きく失敗することもないだろうと踏みました。
普段はアナログで線画を描いてスキャンして調整するやり方なんですが、今回は明確な境界線が必要なため線画からクリスタで描いています。デジタル化の恩恵として、仕上げ段階で構図の調整ができたことがありました。特に今回は小物が多いので助かりました。デメリットとしてはドットレベルで線や塗りが気になって調整してしまう点。仕上げにやたら時間をかけてしまいました。
作戦が功を奏したのか、この号の表紙はかなり評判が良かったように思います。結果的にはカラーにして正解でした。あと、なんだかんだ言っても可愛い女の子ですね。
2022 [特集]インフレーション/陰謀論
◆生成AIへの挑戦
今号は特集案が陰謀論とインフレーションが最後まで割れて、編集長判断で二本立てということになりました。毎度のことながらテーマが抽象的でどういった絵にすればいいのかが悩ましいです。そこで話題の生成AI、stable diffusionに陰謀論やインフレーションといったワードを入れて画像を生成してみました。そのまま使うことはないにしてもアイディア出しにはなるだろうと希望を持っていたんですが、プロンプトの調整を繰り返してもあまりピンとくるものがなく、結局失敗に終わりました。
しきりなおして、ひとまずインフレーションは諦めて陰謀論に絞りました。さらに陰謀論から連想するものをいろいろ考えます。といえばQアノン、アノン(匿名)といえばアノニマス、アノニマスはVフォー・ヴェンデッタの仮面がアイコンになっているので仮面を描くことにしました。もうひとつ、陰謀論といえばフリーメーソン、フリーメーソンといえばプロビデンスの目といわれる1つ目のシンボル。この2つをあわせて単眼のマスクを装着した人物を描くことにしました。この段階で可愛い女の子を描くのは断念。陰謀論とはどうにも食い合わせが悪いのでやむをえません。
マスクといえばドロヘドロなので、急遽林田球の画集を取り寄せて参考にしつつデザインを考えました。SFらしさの点ではブルース・スターリングの『スキズマトリックス』の表紙を参照しました。
◆カラーの戦略
ずばりライティング。彩度の高いネオンカラーで二方向からライトをあてればサイバーパンクっぽくなるだろうという戦略です。サイバーパンクエッジランナーズやブレードランナー2049のティザービジュアルもこれですね。『スキズマトリックス』を参照したこともあり、サイバーパンクっぽくすればうまくいくだろうという読みもありました。
まあ一定レベルは維持できた気はするのですが、例年に比べると(売れ行きとか)若干手応えが弱い気がしました。やっぱり女の子を描かないと駄目なのか。
2023 [特集]人間以外
そして今年。特集テーマは【人間以外】。
SF的には人間以外が出てこないことは少ないので何でもありのテーマなんですが、意図としては近年はSDGsとか人新世とかとともに言われる、”人間のことしか考えてないようだと今後衰退するよ”みたいなメッセージが流通しているところに乗っかったものです。ということで絵に落としこむ上では「かつて栄華を極めたが絶滅してした待った種」である恐竜の骨を中央に描くことにしました。フィリップ・ホセ・ファーマーの『果てしなき河よ我を誘え』の表紙も絵の中心に頭骨がデンッと描かれてるので、きっとこれもまたSF。
いつもは人物を中心にしてたんですが、テーマがテーマだけに隅の方に目立たせない配置。今年こそは美少女イラストにしようと思っていたんですが、申し訳程度になりました。今回に関しては人間以外が主役なので。
いつも平面的な構成になりがちだったので今回は空間を描くようにしました。ろくにカラーでうまくいく勝ち筋がないまま描いていたこともあり、自分としてはかなり背伸びした絵になっています。案外やれたなと思うところもあれば反省点も多々あり。しかしXの反応見る限りでは今のところおおむね好意的なようだったのでホッとしています。
ということで、明後日11/11の東京文フリえ-37〜38でSci-Fire2023を販売します。藍銅さんが課題で描いた漫画も載りますよ。
どうぞよろしくお願いいたします。
https://c.bunfree.net/c/tokyo37/h2e/%E3%81%88/37