
ひらマンのコトバ#9「言語化教室なんです。コミュニケーション教室なんです、ここは。」(濱田轟天先生)/「マンガというものが自分の中にどう残るのかを決めるというのが、ひらめき☆マンガ教室が究極的に提供できる学びです。」(さやわか先生)
昨年12月20日はひらめき☆マンガ教室8期の2025年最終授業の「ひらめき2 振り返り②」でした。どっぱくは当日参加できなかっため動画アーカイブで受講しました。
ひらマンのカリキュラムは「着想」「展開」「応用」という3つの単元に区切られており、今回は展開編のふりかえり&個人面談の回でした。…というメソドロジックな概要とはうらはらに、あまりそう思われてないのかなとも思いますが、ひらめき☆マンガ教室では「マンガを描くときはまずこうする」といった初学者があてにするタイプのマンガの描きかたのレクチャーやテキストが(ほぼ)ありません。もちろん全然ないわけではなく、物語の骨格の作りかたはメソッド的に教えてもらえますし、クリスタWSなどもあるのですが、この方程式をマスターして差をつけよう、というノリはない。質疑でもときおりさやわか先生から「正解を知りたいという気持ちはよくわかりますが、正解はないので、他のマンガがどうしているかを調べたり、うまいと思うマンガをネーム模写したりして、ご自身で見つけられるようにしましょう」といった回答がなされます。
このスタイルは賛否両論あるのかなと思いますが、本質的にはマンガを制作する技術はどうあってもよく、それよりもいまできる表現でマンガの意図が読者に「伝わった」あるいは「伝わらなかった」という経験を積み重ねることがマンガの力をつける早道だというのがこのスクールなのだろうと解釈しています。いわば、「マンガ」という未知の言語が使われる学校に異世界転生し、コミュニケーションの失敗を繰り返しながら未知の言語を習得していくスクール!…かのような。異世界転生した制作生の皆さんは本当に本当に本当に大変そうではありますが…
前回でもその不思議な面白さに触れたひらめき回の個人面談パートは、今回もたいへん興味深く見ました。前回同様、制作生は壇上に上がり、前回のひらめき回で自分に設定した「自分への課題」への取り組みについてや、最近の困りごとなどについて主任講師さやわか先生と公開で対話します。もちろん、誓約どおり持ち込みに行きました! や、コツがつかめてきました! といった進捗が報告できる方がいれば、うまく取り組めなかったり、自分の制作に迷いが生まれている方もいますが、どちらもそれはそれとして、じゃあ次までにどうしますか、最終的にはどうなりたいですか、というその方にとっての「マンガ」との付き合いかたの具体化を手助けするのがこのひらめき回の個人面談パートです。例によって9時間の長丁場でしたが、聴講生として聞いていて思うのは、みなさんの面談でのお話が地味に面白く展開されるようになってきているのではということ。面談の内容や今後の課題についての話に、過去の授業や互いの面談での内容やキーワードについての参照や影響が生まれ、なんというか、ひらめき回個人面談パート全体として「この連載マンガ、どんどんおもしろくなってきたぞ!」という感じをうけました。次回も楽しみです。
さて今回のコトバは二本立てで。激務のなかいつも授業を見学に来てくださっている濱田轟天先生のコトバ「言語化教室なんです。コミュニケーション教室なんです、ここは。」は、長谷川右岸さんの個人面談で長谷川さんが、「言語としてのマンガとコンテンツとしてのマンガの区別」についての発見を話され、その内容についてさやわか先生含め議論するなかで出たコトバ。まずは言語としてのマンガを身につけてから、おもしろいことを言えるようになりましょうという先に書いたひらマンのスタイルを象徴するコトバかなと思います。
ふたつめは沖永和架奈さんの面談のなかでのさやわか先生のコトバ「マンガというものが自分の中にどう残るのかを決めるというのが、ひらめき☆マンガ教室が究極的に提供できる学びです。」。さまざまな条件から課題や講義に満足に取り組めない、という悩みに対しての、方程式を覚えてみんな商業誌でプロデビューすればいいとは思ってない、課題や授業から使えるところは使って、それぞれのゴールを見つけられればいいと思うんですよ、という回答の中でのコトバでした。異世界転生から現実世界への帰還のかたち、「マンガ」の持ち帰りかたはキャラごとに変わる、ということで。
