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何度でも思い出したい『のだめカンタービレ』23巻(二ノ宮知子)


はじめまして。聴講生の嗄井戸麗です。

         

今まで熱心なマンガ読者とは言えない人生を歩んできました。むしろマンガを軽く見ていたと言えるかもしれません。

    

そんな私も、人からマンガを紹介されて「面白い!」とハマったことは少なからずあります。その一つが『のだめカンタービレ』です。

       

この作品を最初に紹介されたのは誰からだったのか覚えていません。ただ、当時仲の良かったフェミニスト友達のあいだで流行っていたことと、映画や小説などの趣味があわない元夫と二人でハマったことを覚えています。二人で新刊を心待ちにし、ドラマも映画も満喫しました。

    

十数年ぶりに読み直しましたが、今でも変わらず面白い! 何も考えずに楽しめて、いつ読んでも心が明るくなります。

    

こう書くと、嗄井戸という人間は何も考えていないバカ人間に聞こえるかもしれません。それは否定しません。しかし、「のだめ」の単純化されたバカっぽい表現が読者の<救い>になるのは確かです。特に仕事や人間関係がしんどいときには。「のだめ」は、トラウマを抱えた天才ピアニスト・野田恵の内面が描かれないからこそ面白い。(自分の才能と向き合えず、幼稚園の先生志望の)のだめと(天才ピアニストを父にもつ指揮者志望の)千秋のやりとりが様式化されているからこそ面白い。様式はリズムにつながり、リズムが心を明るくしてくれる。そう思います。

    

例えば、1巻第1話冒頭で千秋が「へたくそ!」「どへたくそ!」「みーんなへたくそ!」とキャンパスを突っ切るシーン。これが、第4話で「平凡!」「平凡!」「みーんな平凡!」とまったく同じように峰龍太郎(ヴァイオリニスト)がキャンパスを突っ切るシーンで繰り返されます。この表現、強烈に心に残ります。十年以上経った今でも覚えているほどに。

    

「のだめ」は、天才ピアニストの息子として生まれ、指揮者を目指しながら、トラウマにより飛行機に乗れずに鬱屈していた千秋真一(千秋)が、幼児のトラウマによりピアノと真剣に向き合えない野田恵(のだめ)と出会い、二人がそれぞれのトラウマを乗り越えて才能を開花させる話です。初読時にこの話を好きだったのは、才能を持った女性が、恋も仕事も成就させることへの希望を見せてくれたからです。それ以前は、才能のあるカップルにおいて、男性が女性の才能に嫉妬してうまくいかなかったり、女性が相手のために自らの才能を犠牲にする例しか知らず、才能を持った者同士がよい関係を築くことは難しいと感じていました。だから、のだめと千秋の関係に希望を感じました。

    

のだめは千秋と結ばれたい一心でピアノと真剣に向き合い、多くの壁を乗り越えるのですが、心の奥ではずっと、もうやめたいと思っています。のだめが最後の壁と向き合うのが23巻です。物語のクライマックスです。のだめは、ベテラン指揮者との共演を成功させたあと「これ以上の演奏はできない」と逃げ出してしまいます。千秋はそんなのだめを連れ戻し、もう一回演奏に向き合わせます。そのとき千秋がいう以下のセリフが大好きです。

    

 それでもオレはやっぱり

 何度でもあいつをあの舞台に連れて行きたいと思うんだ

 このピアノを聴くたびに

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